クリエイター・プロファイル · doriko:「ミク抒情曲の神」と、その三つの10年
VOCALOIDクリエイター・プロファイルdorikoVOCALOIDの黎明期、初音ミクを「聴かれる」存在にした人がいれば、彼女を「記憶される」存在にした人もいた。dorikoは後者だ。
「初音ミクはなぜ人の涙を誘えるのか」——その答えとなる一曲を選ぶなら、人によって挙げる曲は違う。だが、「抒情」そのものを初音ミクの正当性にしたクリエイターを一人選ぶなら、古くからのリスナーの多くは同じ名前を口にする。doriko(ドリコ)だ。日本では「ミク抒情曲の神」と呼ばれ、中国語圏でも『歌に形はないけれど』『夕日坂』は、数えきれない人のVOCALOID地図に刻まれた固定ポイントになっている。彼は最も多作なわけでも、最も話題を生み出すわけでもない。それでも彼が書いた旋律は、この文化圏の「静かな半分」を形づくっている。
この記事は、日本語版WikipediaのDoriko項目、百度百科のdoriko項目、Vocaloid Wiki(Fandom)、萌娘百科、初音ミクWiki(atwiki)、リスアニ!、piapro公式ブログなどの公開資料を突き合わせて書いた。文末に参考文献をまとめてある。
基本プロフィール
| 項目 | 情報 |
|---|---|
| デビュー | 2007年12月、『みっくりすます』(MikChristmas)を投稿[^1] |
| 別名 | きりたんP(Kiritan-P)。Vocaloid Wikiには本人の別名義と記載[^1]。百度百科には1985年7月11日、埼玉県生まれと記す[^2] |
| 主な音源 | 初音ミク(キャリアを通じて抒情路線) |
| 肩書き | 作詞・作曲・編曲を一人でこなすオールラウンドなクリエイター。職業作曲家・作詞家[^2] |
| 代表作 | 『歌に形はないけれど』、『夕日坂』、『letter song』、『ロミオとシンデレラ』、『キャットフード』 |
| 殿堂入り | niconicoに投稿したオリジナル曲19曲のうち12曲が殿堂入り[^2] |
| 異名 | 「ミク抒情曲の神」[^2] |
原点:2007年末の3つの投稿
dorikoのデビューのタイミングは絶妙だった。2007年12月、初音ミクの発売からまだ3か月。エコシステム全体にとって「歌ってみた」すら目新しい出来事で、成熟したオリジナル曲となればなおさらだった。初投稿の『みっくりすます』(「ミク」と「Christmas」を組み合わせた造語)はクリスマスシーズンの祝祭曲で、明らかに様子見の色が濃い。だが本当の宣言はその直後、2008年初頭に放たれた3曲の連投だった。
- 『歌に形はないけれど』(2008年1月19日)——niconicoでの再生数はすでに400万を超え、萌娘百科には「きっとここが原点」と直接書き添えられている[^3]
- 『夕日坂』——夕日に染まる坂道を帰るイメージ。最小単位の日常である「下校路」を一篇の抒情詩に仕立てた
- 『letter song』——『夕日坂』のアンサーソング。視点を歌い手から受け取り手へ移し、問いと答えの往復のなかで「手紙体で歌を書く」という自分の流儀を確立した[^4]
この3曲がdorikoの土台を固めた。高音域の爆発にも、詰め込んだリズムにも頼らず、メロディーラインそのものの起伏と歌詞の文学性で勝つ。誰もが「初音ミクにまだ何ができるか」を競っていた時代に、彼は初音ミクのいちばん過小評価されていた使い道を証明してみせた。本気でスローバラードを歌わせることだ。
『ロミオとシンデレラ』:94日での100万再生と、ひとつのIPの誕生
2009年、dorikoは『ロミオとシンデレラ』を発表した。タイトルそのものが視点の反転になっている。王子がシンデレラを探す話ではなく、関係のなかの二人が互いに相手の「運命の役どころ」になるという話だ。この曲の再生データは当時、まさに現象と呼べるレベルだった。投稿から94日で100万再生に到達[^2]し、その後は累計1000万(テンミリオン達成曲)を突破、YouTubeの百万再生クラブにも入っている[^5]。
| 項目 | 事実 |
|---|---|
| 制作陣 | 作詞・作曲・編曲:doriko、イラスト:nezuki、ギター:根津元(Hajime Nezu / Kiru)[^6] |
| ゲーム化 | 『初音ミク -Project DIVA- 2nd』『-F2nd』など、セガのアーケード・コンシューマ作品に多数収録[^5] |
| メディアミックス | 2016年5月1日、『ロミオとシンデレラ 前編〜ジュリエット編〜』として小説化、角川ビーンズ文庫より刊行[^7] |
| 派生 | 2012年、公式記念アルバム『初音ミク 5th Anniversary Best〜memories〜』に収録。小野恵令奈がシングル『Say!!いっぱい』でカバー[^8] |
レシピの解剖:抒情の神はこうして生まれた
dorikoの手法を分解すると、4つの安定した土台が見えてくる。
① メロディーの「呼吸」
彼のAメロはほとんど埋め尽くされない。必ず息継ぎの余白を残し、サビの持ち上がりが行く先を得るようにする。これは古典的な抒情の作法だ。まず抑え、それから上げる。抑える部分は十分に正直でなければならない。
② 手紙体の歌詞
『letter song』では露骨に、『ロミオとシンデレラ』では暗黙に。彼の歌詞にはいつも「受け取り手」がいる。相手がその場にいなくても、歌は誰かに向かって語りかけている。
③ 生楽器の下地
ギターの根津元によるアコースティックギターが代表作を貫き、ピアノ編曲もよく使われる。電子音で「自分は電子音楽だ」と証明しようとは決してしない。
④ 名フレーズの密度
どの曲にも、単体で切り出して署名にできる歌詞が一句ある。これが「抒情曲」と「スローテンポの曲」を分ける肝の技術だ。
この配合を手っ取り早く味わいたいなら、この順番で聴いてほしい:『歌に形はないけれど』→『夕日坂』→『letter song』→『ロミオとシンデレラ』。最初の3曲が「原点三部作」、4曲目は原点が巨大な存在に育った姿だ。
アルバムとコンセプト三部作:dorikoの「構成術」
多くのP主が「曲が貯まったら盤を出す」というペースなのに対し、dorikoのフィジカルアルバムにははっきりした構成意識がある。
| 時期 | アルバム | レーベル | 位置づけ |
|---|---|---|---|
| 2009年3月 | 『unformed』 | MOER | 初のアルバム。デビュー期の代表作を収録[^9] |
| 2010年11月24日 | 『ロミオとシンデレラ』 | 5pb.Records | 同名曲を看板に据えた完全版。『キャットフード』『六月病』など14曲収録[^10] |
| 2011年6月29日 | 『FLOWER DROPS』 | dmARTS | YURiCa/花たんとのコンセプトアルバム[^11] |
| 2016年 | 『doriko BEST 2008-2016』 | — | 8年間の創作の総決算[^2] |
そして2014–2016年のコンセプトミニアルバム三部作は、彼のキャリア後半で最も重要なプロジェクトだった。
- 『Nostalgia』(2014年8月27日)——「ボカロ版・時代小説集」。一曲ずつを短編時代劇として書いた[^12]
- 『origin』(2015年9月2日)——「原点」をキーワードにした振り返りの作品。piapro公式ブログが専用記事で予告していた[^13]
- 『finale』(2016年5月4日発売)——「最終章」。別れと旅立ちをテーマに、「新しい段階へ進もうとしている人」に向けて書かれた[^12]
注目すべきは三部作の締め方だ。『finale』の発売と同じ年に、『ロミオとシンデレラ』が小説化を果たす——創作上の「最終章」とメディアミックスの「新たな起点」がちょうど同じ歳なのだ。別れまでもスケジュールに組み込んでしまうこの構成術は、感情の起伏が激しいVOCALOIDシーンではかなり珍しい。
共作ネットワーク:dorikoは一人じゃない
抒情曲の神という肩書きからは、一人で走ってきた職人の道のように思えてしまう。だがdorikoの作品史は、実のところ固定メンバーによる共作の歴史だ。
- nezuki(イラスト)——『ロミオとシンデレラ』のビジュアルをつくった人。寒色と余白の画風が音楽と鏡合わせになっている
- 根津元 / Hajime Nezu(ギター)——代表作のアコースティックギターはほぼ彼が一手に引き受けており、「dorikoの聴こえ方」の半分を担っている
- YURiCa / 花たん(歌手)——『FLOWER DROPS』以降の長期的な共作。『砂上』『蛍火』などの曲は後に花たんのアルバム『Primrose Flower Voice』に収録された[^8]
- MIDSTER(創作ユニット)——minato(流星P)、OSTER projectと組んだ企画ユニット。楽曲『ヒスイドリ』を共同で提供した[^8]
同世代のP主と比べてみると、dorikoの共作の輪はほとんど人が入れ替わらない。これが、彼のスタイルが16年ぶれなかった理由だ。頑固だからではなく、固定メンバーの安定がもたらす音響的な連続性のおかげだ。
シリーズ上の座標:dorikoを当サイトのクリエイター・プロファイルに戻すと
当サイトではこれまでkeeno、DECO*27、wowakaの3人を書いてきた。4人を同じ表に並べると、dorikoの位置はすぐに見えてくる。
| クリエイター | 時代 | 心が砕ける形 | 表現手段 |
|---|---|---|---|
| doriko | 2007–現在(黎明期) | 手紙体の別れ | アコースティックギター+ピアノ |
| keeno | 2010–現在 | 深夜に自らを癒やすかすれ声 | 初音ミク Append Dark |
| DECO*27 | 2008–現在 | 飴玉の包み紙に潜む刃 | 長調のキャッチーなポップ |
| wowaka | 2009–2019 | 止まれない走り | 疾走ロック |
おわりに:静かな半分
VOCALOIDの歴史を語るとき、その場所を占めてきたのは2種類の人間だ。現象を生み出す者と、速度を定義する者。だがdorikoが立っているのは3つ目の位置だ——「遅さ」を定義する者。彼が最も精力的に動いていた時代、界隈の軍拡競争は「より高い音、より速い詞、より重いドラム」だった。それに対して彼がやったことは一つだけ。さよならの一言を、覚えていられる旋律でもう一度歌う。オリジナル19曲、殿堂入り12曲、アルバム4枚、そして三段論法のコンセプトシリーズ。すべてがこの一つのためにある。
16年後、『ロミオとシンデレラ』がいまもゲームセンターの筐体で若者にコインを落とされ、『歌に形はないけれど』のような抒情が世代を超えた新人たちにそれぞれの声で歌い継がれている。そんなとき、dorikoが残したのは実のところひとつの約束だ。いちばん速いあの界隈でも、||遅さも、ひとつの競争力になりうる||。
- 1: デビュー時期(2007年12月、『みっくりすます』)と別名きりたんPの記載は、Vocaloid Wiki「Doriko」項目(vocaloid.fandom.com/wiki/Doriko)を参照。戻る1
- 2: 経歴、生年月日と出身地、職業、「ミク抒情曲の神」の称号、オリジナル19曲中12曲の殿堂入り、BESTアルバムなどは、百度百科のdoriko項目(baike.baidu.com/item/doriko/976220 および baike.baidu.com/ja/item/doriko/3610956)を参照。戻る2
- 3: 『歌に形はないけれど』の2008年1月19日投稿、再生数、「原点」という評注は、萌娘百科のdoriko項目およびniconicoの作品ページ(zh.moegirl.org.cn/doriko)を参照。戻る3
- 4: 『letter song』が『夕日坂』のアンサーソングであるという記述は、萌娘百科のletter song項目(「この曲の前に発表されている『夕日坂』のアンサーソング」)を参照。戻る4
- 5: 『ロミオとシンデレラ』の殿堂入り・伝説入り・1000万再生達成およびゲーム収録のタグ(2009年、テンミリオン達成曲、Project DIVAシリーズ)は、初音ミクWiki(atwiki)の同名曲項目(w.atwiki.jp/hmiku/pages/4804.html)を参照。戻る5
- 6: 制作陣(ギター:Hajime Nezu / 根津元、イラスト:nezuki)は、niconicoの当該動画の投稿説明(sm6666016)を参照。戻る6
- 7: 小説『ロミオとシンデレラ 前編〜ジュリエット編〜』が2016年5月1日に角川ビーンズ文庫より刊行されたことは、リスアニ!の記事(lisani.jp/0000012688)を参照。戻る7
- 8: 公式記念アルバムと実在の歌手によるカバー収録(『初音ミク 5th Birthday Best〜memories〜』2012年8月1日、小野恵令奈『Say!!いっぱい』2012年12月26日、YURiCa/花たん『Primrose Flower Voice』2013年1月30日、MIDSTER『ヒスイドリ』)はいずれも、日本語版WikipediaのDoriko項目の作品年表(ja.wikipedia.org/wiki/Doriko)を参照。戻る8
- 9: 初のアルバム『unformed』が2009年3月にMOERより発売されたことは、日本語版WikipediaのDoriko項目を参照。戻る9
- 10: アルバム『ロミオとシンデレラ』が2010年11月24日に5pb.Recordsより発売されたこと、全14曲の目録は、百度百科のdoriko項目の収録曲一覧を参照。戻る10
- 11: 『FLOWER DROPS』が2011年6月29日にdmARTSより発売され、YURiCa/花たんと共作したことは、百度百科の項目の収録曲一覧と日本語版Wikipediaの年表を参照。戻る11
- 12: コンセプトミニアルバム三部作——『Nostalgia』2014年8月27日(「ボカロ版・時代小説集」)、『origin』2015年9月2日、『finale』2016年5月4日(「finale=最終章」、テーマは「別れ」と「旅立ち」)——については、リスアニ!の記事(lisani.jp/0000012688)およびanimatetimesの記事を参照。戻る12
- 13: 『origin』2015年9月2日発売の公式予告は、piapro公式ブログの2015年9月20日の記事(blog.piapro.net/2015/09/z1509201-1.html)を参照。戻る13